心の癒しグッズ.com ピュアシナジーの誕生秘話

ピュアシナジーの誕生秘話

1972年のある雨の日、ミッチェル・メイにとって人生最大の事件が起こりました。
猛スピードで車がミッチェルの車に激突したのです。
滅茶苦茶になった車から救出されるのに45分もかかるほどの大惨事となり、
ミッチェルは大怪我を負いました。特にひどかったのは足の負傷です。
40ヶ所の骨折、神経や筋肉の損傷、傷口からの感染症と高熱・・・。
医者はもう歩くことは不可能だ、切断する必要があると告げました。
彼の足は神経がむき出しになっていたため、誰かが病室に入ってくるだけで激痛が起こるほどでした。
足を切断することが現代医学的に最も合理的で楽な方法だったのです。
しかし、ミッチェルは拒みました。

ジャック・グレイとの出会い

ミッチェルの母は激痛だけでもなんとかしたいと、UCLAのセルマ・モス博士を訪ねます
そこで博士は、当時の医学の限界を超えた結果を出しているヒーラー、ジャック・グレイを紹介したのです。
ミッチェルは後に、ジャックのことを「命に触れることを許されている者」と表現しています。
彼が病室に入って来た時、不思議と激痛は起こりませんでした。
彼は傷ついた足の「場」を丹念に感じ取り、3夜連続でヒーリングを行いました。
その結果、生理学的には何の変化もないのに痛みは消えていました。
この現象に医師たちは驚愕しながらも、納得しようとはしませんでした。
依然、医師は足の切断を勧めましたがミッチェルもジャックも無視しました。

1年後、ミッチェルは車椅子で病院を出て、ジャックの家で暮らし始めます。
さらに1年が経ち、装具付ですがミッチェルは歩くことができるようになりました。
その間、ミッチェルはジャックの弟子としてヒーリングを学び、
また、心理学の修士課程を修了。後に博士課程まで修了します。

ジャックの死とピュアシナジーの誕生

事故から7年経ち、師であるジャックはミッチェルの腕の中で帰らぬ人となりました。
師の後を継ぎ近隣の人たちにヒーリングをする一方で、
ミッチェルは自然の生命力と活力を持つ、「100%天然のスーパーフード」の開発を始めました。
様々な調査を行い、世界中のスーパーフードを手に入れ、テストを続けました。
スーパーフードの効力を最大限に活かす、全く新しい相乗効果(synergy)を探し続けたのです。
10年以上の長い月日を経て、ミッチェルはついに完全にバランスの取れた、
素晴らしい力をもつスーパーフードを作り上げることができました。
それがピュアシナジーです。

彼は友人、患者たち、医師、代替医療専門家などにピュアシナジーを紹介したところ、
非常に評判が良く、ピュアシナジーのは人から人へと伝えられることとなり、
安定的な製造のためにミッチェルはシナジーカンパニーを設立しました。
ピュアシナジーは現在、製造開始から終了まで、ミッチェルの監督のもと、
製造認可を受けた最新鋭の機械を揃えた自社工場で製造しております。

ビジネス・ヒーリング

ミッチェルにとって、ビジネスを起こすことは非常に勇気のいることでした。
できればひっそりとヒーリング続けていきたいと思っていたそうです。
一方で、正しいビジネスは多くの人を癒すことができるということもわかっていました。
そこで、勇気を振り絞ってシナジーカンパニーを設立したのです。

ミッチェルにとって「ビジネス」と「ヒーリング」は同義です。
生命の可能性を高めるピュアシナジーを届けたい。
人間に備わっている機能を高めるサポーターでありたい。
それがミッチェルの願いです。